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学生のエッセイ     Read in English

ブラウン大学の学生が「友好への願い」の絵巻について考察を書いた数年後、東京大学の矢口祐人教授がこのサイトを英語の授業の課題に使った。一見平和で魅力的な絵巻について考察を書いた東京大学の学生は、アメリカの学生よりも懐疑的だった。1906 年に巻物の題名と後書きを書いた中国人の学者、王治本も、アメリカ人の態度を「傲慢」で「横柄」だと記している。ブラウン大学の学生がこの記述を偏見だと思ったのに対し、多くの東京大学の学生は王治本と似たような解釈をしている。この認識のずれは、単にアジアとアメリカに住む者の違いから来るものだろうか?「ビジュアルな」史料は記号の読み方によって、幾つもの解釈が可能だからだろうか?それとも、1906年から21世紀にかける世界の変容によるものだろうか?

当事リサーチ・アシスタントとしてこのプロジェクトに携わり、現在スタンフォード大学で歴史学の博士課程にいるクリス・スーは、学生のエッセイを全て読み、これらの疑問を答えるための足がかりを探した。彼によると、「東京大学とブラウン大学の学生によって書かれたエッセイにより、今でも日米が異なる立場からこの『初めての接触』を記憶していることが分かる」のである。

そもそもアメリカ人にとって、ペリーの遠征は必ずしも常識として知っておくべき歴史的事件ではない。ペリーについて何か知っている場合、この遠征を日米の友好が固められた瞬間だと思い描く傾向がある。それに対し、「黒船の到来」は日本の文化史を語る上で不可欠である。19世紀当事でも現在でも、日本人はペリーの遠征を中立的な「訪問」ではなく、侵略への第一歩として捉えている。この文化的に異なる立場によって、一見中立的に見える絵に対する生徒達の解釈も変わって来る。



“Request for a Good Relationship” scroll commentaries (Brown University Library):



Heine lithographs commentaries (Brown University Library):

  • Landing of Commodore Perry… ( Sehgal )
  • Landing of Commodore Perry… ( Matsumoto )
  • Excercise of Troops… ( Sehgal )


Comparing the views from the U.S. and from Japan



High School Student Essays